始めに
始めに
今日は松本大洋『ピンポン』についてレビューを書いていきます。
スタイル、演出、背景知識
ノワールテイストの心理劇
『鉄コン筋クリート』と重複する説明は省きますが、松本大洋は憧れ、依存、理想化といった心的状態をテーマとする心理劇をしばしば展開します。松本に影響した大友克洋『AKIRA』ともその辺りは近いのかもしれません。
本作では『鉄コン筋クリート』のクロに当たる人物はスマイルかもしれませんが、やや様相は異なっています。スマイルは恵まれた才能を持っているものの、それでもペコの方が自分よりはるかに才能があることを知っているし、また自分の才能を知ってはいつつ、対人関係も苦手であることから才能を活かしてどこまでも上を目指していくという性分ではありません。むしろ過去に自分を救ってくれたペコの背中を負っていたいと思っており、ペコが才能に慢心して変節してしまったことに苛立ちを抱えています。
スマイルとクロが違っているのは、クロは相棒であるシロを自分の利他的行為の対象という都合のいい存在としか見ておらず、そこから脱却して成長を遂げるのに対し、スマイルは憧れているペコが慢心から本来の自分を見失ってしまっていることに対して不満を抱きつつ、大好きだった過去のペコが帰ってきてくれたことに再び救われ、それによって自分も自己物語を洗練させ、自分に合った生き方を見出すことになります。
ドラゴンもチャイナも同様で、みんなペコという天才との対決の中で、自分のライフスタイルを確立します。
モダニズムスタイルのスポ根
ジャンル的には教養小説の流れを継ぐ梶原一騎以来のスポ根でありつつ、本作はモダニスト望月峯太郎、高野文子といった漫画の語り口の刷新者の影響で、独特の世界を構築しています。
スポ根ジャンルの中でアグレッシブな挑戦を孕む他の作品と比較するなら、例えばひぐちアサ『おおきく振りかぶって』は、ドストエフスキー、オースティン、ハメット、冨樫義博(『HUNTER×HUNTER』)のように、スポーツという制度の中での戦略的コミュニケーションの記述のディテールに光る機知だったり、登場人物の伝記的生の緻密なデッサンで魅せる人間喜劇が、スポ根ジャンルに革新をもたらしました。
一方で本作品はテーマ的にはフォアマン監督『アマデウス』のような天才をテーマにするスポ根で、その点ではベタで新鮮さを感じさせませんが、『鉄コン筋クリート』からある洗練された語り口の巧みさ、大友克洋『AKIRA』のような無国籍活劇風の台詞回しのうまさが、作品に独自の魅力を与えています。
物語世界
あらすじ
神奈川県藤沢市。星野裕(ペコ)と月本誠(スマイル)は、共にタムラ卓球場で小学生時代から卓球をやってきた幼馴染です。ペコは確かな実力を持ちながら己の才能に自惚れ、練習をサボっていました。
共に片瀬高校の卓球部へ入ったふたりは、県内の辻堂学園学院卓球部へ、上海のジュニアチームから留学してきた孔文革(チャイナ)が留学生として雇われたと知ります。ふたりは辻堂学院へ偵察に訪れ、チャイナの対戦。しかしペコはチャイナにスコンク負けします。続いてチャイナはスマイルへ勝負を持ちかけるも、スマイルは興味を示しません。チャイナはスマイルの素質を見抜いていました。
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