始めに
始めに
ところで誕生日が近いです。なので、タイトルを回収しなくてはという使命感が沸き起こったため、吉田秋生『桜の園』のレビューを書いていきます。
スタイル、ジャンル、背景知識
大友克洋流のリアリズム。ニューシネマ、メソッド的なロマン主義
吉田秋生といえば、なんといって大友克洋(『AKIRA』)の影響を受けたアメコミ風味でモダンなセンスの写実的な画風が特徴的です。その端正な筆致のリアリズムは、多くのフォロワーを産みました。
繊細なタッチで描かれるドラマは、ハリウッドのニューシネマ(『真夜中のカーボーイ』『スケアクロウ』など)やその流れを汲むヤングアダルト映画(『愛と青春の旅立ち』など)、またスタニスラフスキーメソッドのリアリズム映画、演劇にも似て、心理描写に秀でています。そうしたジャンルの源流にあるアントン=チェーホフのリアリズム演劇『桜の園』の翻案を、それを演じる女子校の生徒を中心とするドラマとして展開しています。
原作のテーマは時代の移ろいの中での狂騒
チェーホフの原作は「桜の園」の住人であり社会のブルジョワ化に翻弄される地主貴族の家族と、ブルジョワジーとして自己実現に成功した商人ロパーヒンを対比的に描くところが印象的でした。地主貴族の没落とブルジョワジー社会の到来に翻弄される人々の、ささやかな日常のデッサンを綴る作品なのです。
吉田秋生の本作は、それを思春期の女子高校の生徒の、子どもから大人へとライフステージが移行する時期の混乱に主題を置き換えています。自身の性的アイデンティティに戸惑う生徒の姿を、「桜の園」の住人になぞらえて描いています。
全4章からなるのですが、いずれの主人公も時代に翻弄される「桜の園」の住人であって、適応に成功したブルジョワジー側の代表を演じるのではないのが印象的です。
フィクション世界
あらすじ
桜華高校の創立祭では、毎年演劇部がチェーホフ『桜の園』を演じる習わしでした。
・「花冷え」:アーニャ役の中野敦子が主人公です。付き合いたての彼氏がいます。結婚を控えた姉との対比が印象的です。
・「花紅」:ヤーシャ役の杉山紀子が主人公です。勝手に性に奔放とみなされ浮いてしまっているため、女であることにイライラしています。
・「花酔い」:ドゥニャーシャ役の志水由布子が主人公です。真面目なイメージを周囲から持たれています。また千世子に恋してます。
・「花嵐」:リューバ役の倉田知世子が主人公です。自分の男らしさや女性性に煩悶します。
総評
みずみずしい青春のデッサン。卓越した原作の本案
みずみずしい、性の戸惑いを描く青春のデッサンです。おすすめの作品です。
関連作品、関連おすすめ作品
・『Wの悲劇』:演劇のバックステージもの
参考文献
南信長『現代漫画の冒険者たち』
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