始めに
始めに
最近、陰惨なテロ事件も相次いで起こっています。そこで、そんな状況について考えるためにこの作品のレビューを書いていきます。
画風、コマ割りなどスタイル。背景知識
ニューシネマ風のリアリズム
作品にスコセッシ監督『タクシードライバー』の名が出ますが、それと似たニューシネマ風のリアリズムが特徴です。パーソナリティ障害持ちと思しきヨシヒサなどのサブキャラクターや、不良青年のテル彦の心理なども丁寧に描かれています。
アダルトチルドレンの孤独と承認欲求
『タクシードライバー』にはドストエフスキー『地下室の手記』『罪と罰』などの影響があることが知られていますが、この作品もドストエフスキーの作品同様に、一個のエージェントの公共圏の中での自己実現の試みと破綻が描かれています。
主人公・住田は屈折した感情を抱いています。それは「特別な存在になりたい」という欲求とそれを押し殺そうとする感情、また「特別になりたい」という他人を否定しようとし、「平凡」の価値を押し付けようとする感情です。これはいずれも両親からネグレクトを受けていることに由来する感情です。父親は自宅におらず借金を作っては遊び周り、母親は愛人と蒸発します。そんな状況にあっても住田は自分は「普通」なんだと捉えようとします。これはむしろ、そのように自分に言い聞かせ適応しないと、立っていられないからであろうと読み取れます。
本来助けてくれるべき存在が自分に関心を向けてくれないことで、住田の中には歪んだ承認欲求が起こっています。自分の苦痛を「普通」という言葉で覆って目を背け、また「普通」の生活を実際に営んでいるプチブルに対してどうしようもない嫉妬心を起こしています。同時に住田は特別な存在になりたい、承認されたいという気持ちが人一倍強く、発作的に父親を殺した後、「おまけの時間」と称して社会に蔓延る悪人を殺し、自己実現を図ろうとします。
幻覚
住田やテル彦など、精神的に追い詰められた人間は幻覚を見るようになる描写があります。住田はいつも河童のような怪物や一つ目の怪物に監視され、嘲笑われているかのような被害妄想を抱えていて、おそらくは統合失調症をを患っているように読み取れます。
このあたりの描写も『罪と罰』と重なります。
「怪物」の嘲笑や預言にドライブされ、強迫観念が強化されて破滅へと向かっていく住田には胸が痛みます。
義務と倦怠
『グリーン=ヒル』でも描かれましたが、この作品は公共圏へのコミットメントの中で義務としてエージェントに課される役割への倦怠がテーマになっています。それへの倦怠が、住田を殺人や自殺への衝動へと駆り立てます。「絶望」というもっと客観的にわかりやすい地獄よりも、社会の中でこれから自分へ課される義務やレッテルが、住田を死の誘惑へとドライブします。「面倒臭い」という気持ちに住田は支配されています。
ヘミングウェイ『日はまた昇る』「殺人者」にもにた、耐え難い日常の繰り返されることへの倦怠感と閉塞感に、住田は殺されたのでした。
また漱石『それから』のように、殺人という規範からの逸脱行為は役割から逃れるための契機と捉えられています。
物語世界
あらすじ
中学生で貸しボート屋を営む住田祐一は、不遇な現実に諦観を覚えていました。ある日、父親のせいで暴力団から暴力を受けます。しかも母親が中年男と駆け落ちして失踪し、それに耐え兼ね父親を衝動的に殺害してしまいます。住田は普通の人生を諦め、「悪い奴」を殺すべく、夜の街を徘徊するようになります。
登場人物
- 住田裕一:アダルトチルドレン。屈折した承認欲求を抱える。
総評
アダルトチルドレンの生きづらさを描く青春残酷物語
アダルトチルドレンを描く残酷物語です。切ない内容です。
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・『ライ麦畑でつかまえて』:青春の孤独。
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