始めに
つげ義春『ゲンセンカン主人』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、作風
『ガロ』
つげ義春は『ガロ』を代表する漫画です。
『月刊漫画ガロ』は、1964年から2002年頃まで青林堂が刊行していた漫画雑誌です。内容としてはリアリズムやシュルレアリスム、マルクス主義を作品に取り入れたり、文学や絵画など既存の芸術と交錯するような形で独創的世界を展開していきました。
つげ義春は、白戸三平、永島慎二と並び、ガロを代表する漫画家で、私小説、シュルレアリスム、象徴主義など種々の小説ジャンルを参照しつつ、独自の世界を展開していきました。
本作も、ポー「ウィリアム=ウィルソン」などの影響を思わせる、ゴシック的な幻想文学になっています。
ポー「ウィリアム=ウィルソン」
ポー「ウィリアム=ウィルソン」は傲慢不遜なウィリアム=ウィルソンが、自らの分身であるウィリアム=ウィルソンというドッペルゲンガーに付きまとわれて、滅ぼされてしまうという物語です。ストーリーはワシントン=アーヴィングのエッセイ「バイロン卿の未完の戯曲」に由来し、これはジョージ=ゴードン=バイロンが友人シェリーの持ち込んできたスペインの戯曲を元に独自の戯曲を書こうとして挫折したことについて書いたものでしたが、これを下敷きにポーは本作をものしたのでした。
おなじくドッペルゲンガーをテーマとする作品に、E.T.A.ホフマン『大晦日の夜の冒険』ドストエフスキー『分身』、ワイルド『ドリアン=グレイの肖像』などがあります。
分身譚
「ゲンセンカン主人」は分身譚ですが、ポー「ウィリアム=ウィルソン」のように、心理劇としての傾向が強いわけでなく、内容はもっと断片的で暗示的です。
ゲンセンカンという旅館のある温泉地を主人公が訪れ、そこで駄菓子屋からゲンセンカンの主人がそこに収まるまでの顛末を聞かされます。主人公とゲンセンカン主人はそっくりらしいので、顔を合わせたら取り返しのつかないことになるようで、周囲は止めようとするものの、主人公はゲンセンカンに行きます。そこでゲンセンカン主人と、お面をかぶった主人公が対峙し、不穏を伝えつつ物語は幕を閉じます。
物語世界
あらすじ
主人公は温泉地を訪れ、駄菓子屋に立ち寄ります。駄菓子屋の店主は、この温泉地にあるゲンセンカンという旅館の主人の男が、主人公に瓜二つだと述べ、その男がゲンセンカンの主人になったいきさつを主人公に話します。
男は、主人公と同じように駄菓子屋を訪ね、ゲンセンカンに宿泊しましあ。その夜、男がゲンセンカンの浴場に入ると、独身のゲンセンカンの女将が入浴していて、男は女将に強姦めいたことをします。すると女将は部屋に男を招き入れ、その後、男はゲンセンカンの主人となりました。
話を聞いた主人公は、自身もゲンセンカンに泊まろうと話すものの、駄菓子屋の店主や周囲の老婆たちは困惑します。取り返しのつかないことになるからと、必死に止めようとする店主らにも構わず、主人公はゲンセンカンに向かいます。
宿の前には主人公が来ると知った主人の男と女将が立っていました。風の中、じっと睨む主人と、面を被ったまま表情も見せない主人公が向き合います。物語はここで終わります。
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