手塚治虫『火の鳥 ヤマト編』解説あらすじ

1960年代

始めに

手塚治虫『火の鳥 ヤマト編』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、作風

人物再登場法

 本作はバルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)が用いたような、人物再登場法のメソッドを用いています。

 これはある登場人物がほかの作品に名前や立ち位置を変えて登場するという手法です。

 本作では主人公は皆、永遠の命を持つ火の鳥を追い求め、それぞれの主人公がシリーズの別の作品にしばしば登場します。

年代記の手法とフォークナー

 本作品はウィリアム=フォークナー(『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』)やスタインベック『エデンの東』のような、年代記的デザインになっています。

 フォークナー(『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』)の手法の特徴はヨクナパトーファサーガと呼ばれる架空の土地の歴史の記述のメソッドでした。フォークナーもバルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)の影響から、人物再登場法の手法を取り入れています。家族に注目する手法はゾラのルーゴン=マッカルー叢書(『居酒屋』)などに習っています。また、架空の土地創造の手法はS=アンダーソンに習っています。

 フォークナーはコンラッド『闇の奥』の影響も顕著で、これによって複数の等質物語世界の語り手を導入したり、異質物語世界の語りと組み合わせたりしています。また、トルストイ(『アンナ=カレーニナ』)、ドストエフスキー(『カラマーゾフの兄弟』)、H =ジェイムズ(『ねじの回転』『鳩の翼』)のリアリズムの影響で、一人称的視点の再現について示唆を受けています。同時期のモダニスト、ジョイス(『ユリシーズ』)もデュジャルダンの『月桂樹は切られた』などの影響で、プルースト(『失われた時を求めて』)もベルクソンの現象学の影響で、それぞれ独自の意識の流れの手法について開発し、現象的経験の時間的に連続した経過の再現を試みています。

 フォークナーもそうした手法によって、一個のエージェントの視点からの歴史記述を試みます。エージェントのフラッシュバックなど主観的タイムトラベルが展開されることで、時間が過去から現在へと縦横に移動し、土地の歴史を記述します。

 モダニズム文学にもあった、こうした歴史叙述の実験を、『火の鳥』シリーズも取り入れていて、本シリーズでは人物再登場法や火の鳥というモチーフを駆使して、ガルシアマルケス『百年の孤独』さながらの長いタイムスケールの歴史の中でのダイナミックなストーリーを展開します。

ゲーテ『ファウスト』と火の鳥

 『ネオ=ファウスト』をものすなど手塚が熱中したゲーテという作家は、形式主義者という意味合いにおいて古典主義者であり、作家主義者であるという点でロマン主義者でした。

 同時代のフリードリヒ=シュレーゲルはゲーテの『ヴィルヘルム=マイスターの修行時代』をシェイクスピア『ハムレット』への批評性に基づくものとして、高く評価しました。『ハムレット』という古典の形式をなぞりつつ、ゲーテという作家個人の主体性を発揮することで展開される翻案の意匠が『ヴィルヘルム=マイスターの修行時代』にはあります。

 ゲーテ『ファウスト』のファウスト伝説に対する脚色の特徴は、ダンテ『神曲』を強く踏まえる、永遠の淑女による魂の救済の物語になっている点です。

 ダンテ『神曲』では、暗い森に迷い込んだダンテが、そこで詩人ウェルギリウスと出会い、その導きで地獄、煉獄、天国とを遍歴します。ウェルギリウスは、地獄の九圏を通りダンテを案内し、地球の中心部、魔王ルチーフェロの幽閉される領域まで至ります。そして、煉獄山にたどり着きます。ダンテは、煉獄山を登るにつれて罪が清められ、煉獄の山頂でウェルギリウスと別れます。そして、ダンテは、そこで再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、各遊星の天を巡って至高天へと昇りつめ、見神の域に達します。

 ゲーテ『ファウスト』も同様に、異世界を遍歴しながらファウストが永遠に続いてほしい瞬間を発見し、魂が救済されるまでを描く物語になっています。

 本作では、火の鳥という物語の中心的な不死の存在が様々な歴史上の世界を遍歴し、それを通じた人間の業を描くオムニバスドラマを展開していきます。

物語世界

あらすじ

 時は4世紀、古墳時代。大和朝廷を支配するソガ大王は、自身の偉業を後世に残すべく「正しい」歴史書を作っていました。大和朝廷の支配に従わないクマソ国を疎ましく思ったソガ大王は、反抗的な末子ヤマトオグナをクマソ国王川上タケルの抹殺に向かわせます。

 オグナはタケルを「間違った」歴史書を作る謀反人だと信じていたものの、クマソに潜入しタケルの妹カジカらと交流を深めていくうちに、ソガの残す歴史書に疑問を抱きます。

 また不死鳥火の鳥の存在を知り、人柱とされる2千人に火の鳥の不死の血を飲ませたいと考えます。

 しかし、クマソにいつまでもいるわけにもいかず、長老の葬儀で悲しむタケルを女装して油断させ暗殺、逃亡します。

 カジカは愛しいオグナが兄を殺したことを恨み、追っ手を差し向けます。

 川上タケルを殺害しヤマト国へ戻ったヤマト=オグナは、墓の建造を任せられるものほ、完成してみるとそれは公園と遊園地でした。王の怒りを買い、人柱の一人として生き埋めにされるヤマト=オグナは、人柱にされる者たちに火の鳥の生き血がしみこんだ布をなめさせ、彼を追ってきた川上タケルの妹カジカとともに生き埋めにされます。

 彼らは、生き血の力が続く間、土の下から歌声を響かせます。

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