始めに
山口貴由『シグルイ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、作風
宝塚の影響
山口貴由は、宝塚歌劇団からの影響が顕著です。
その中性的な、トランスジェンダー的な人物描写は、宝塚の影響を感じさせます。
宝塚の『ベルサイユのばら』のような、伝奇的な舞台設定のなかでの、グランギニョルな悲喜劇は、山口もジャンルとして継承するところで、本作もそうした傾向が見て取れます。
チャンピオンの伝奇、格闘漫画、小池一夫の劇画
山口貴由は板垣恵介とならんで、チャンピオンの伝奇アクション、格闘漫画を代表する作家で、そのモードを牽引しました。
板垣恵介作品のように、筋肉質で引き締まった肉体は、ルネサンス絵画のように理想主義的な表象としてデザインされていて、グランギニョルなストーリーを彩ります。
また高校卒業後、小池一夫主催「劇画村塾」の5期生として2年間在籍しており、そこでの経験もその劇画的リアリズム、伝奇要素などに手伝っていると言えます。
原作との違い
本作は、南條範夫の時代小説『駿河城御前試合』の第一話「無明逆流れ」を原作にしますが、脚色が多く、『駿河城御前試合』の他短編や『武魂絵巻』をエピソードとして絡めていたりしています。
『駿河城御前試合』は連作短編で、寛永御前試合の粉本であったとされる寛永6年(1629年)の駿府城主徳川大納言忠長の11番の御前試合をドキュメンタリータッチで描いた内容です。
「無明逆流れ」と『シグルイ』も、伊良子清玄と藤木源之助の因縁と三重という女性をめぐる確執が描かれ、最終的には真剣勝負で源之助が勝利したものの、三重は伊良子清玄の後を追って自殺する、という大まかな流れは共通です。
ただこの自殺ですが、『シグルイ』でも三重の伊良子清玄への愛憎入り混じった感情も自殺の原因でしょうが、それに加えて藤木源之助の権力への屈服に幻滅して自害したという流れが描かれます。他方で「駿河城御前試合」では、自殺の原因は清玄への恋愛感情が主です。
また『駿河城御前試合』では源之助のその後と死までが描かれます。試合を生き延びた藤木源之助、小村源之助の両名は密かに磯田きぬに思いを寄せていました。徳川忠長もきぬを夜伽にと欲し、そこで藤木と小村はきぬを連れて城下を逃げ出します。逃げた3人の追手に片岡京之介と笹原修三朗が加わり、小村は片岡と、藤木は笹原と相打ちになり、御前試合の剣士たちは皆命を落とすのでした。
物語世界
あらすじ
寛永6年9月24日、駿府城内で御前試合が行われることになります。御前試合は、慣例として木剣を使用していましたが、駿河大納言・徳川忠長の命によって真剣を用いることが決定されました。
その第一試合、隻腕の剣士・藤木源之助の前に現れた相手は、盲目で跛足の剣士、伊良子清玄です。伊良子は刀を杖のように地面に突き刺して足の指で挟み、体を横に捻る独特の構えを取ります。両剣士には因縁がありました。
7年前のある夏の日。「濃尾無双」と謳われた剣豪・岩本虎眼が掛川に開いた「虎眼流」の道場に、伊良子が道場破りとしてやってきます。伊良子は藤木を骨子術によって破るものの、師範の牛股権左衛門に敗れ、入門を希望します。以降、入門した伊良子は、牛股・藤木とともに虎眼流の「一虎双龍」と呼ばれます。
腕を上げた伊良子は、やがて虎眼流の後継者と目されるようになります。しかし、虎眼の情婦であるいくとの密通を虎眼に気づかれ、虎眼の「流れ星」によって伊良子は両目を斬られ、いくと共に放逐されます。
3年後。掛川は忠長の領地となります。隆盛を極める虎眼流でしたが、門弟が闇討ちされ、道場に首を晒されるという事件が起こります。高弟たちは犯人を探すものの、高弟たちも同じ手口で殺されていき、犯人は虎眼流への復讐をはかる伊良子と判明します。
やがて数日後に伊良子の策により分断された虎眼流の者たちは刺客に襲われ、藤木と牛股はこれを返り討ちにするものの、虎眼は秘剣「無明逆流れ」を編み出した伊良子に斬られて殺されます。
仇討を決意する藤木と牛股は逆流れを破ろうと研鑽します。家老・孕石備前守の協力で、伊良子と藤木の果し合いの場が設けられるものの、藤木は秘剣「無明逆流れ」に敗れて片腕を切り落とされ、牛股も伊良子に斬られて死にます。
生き延びた藤木は、徳川忠長の命により自死も許されず、御前試合で再戦を迎えます。
御前試合の場で、藤木は振り上げた刀を試合を見守るいくの眼前へ投げ、「無明逆流れ」に空を斬らせ、脇差を抜いて伊良子の懐に飛び込み、胴を両断します。ようやく理解し合う藤木と伊良子ですが、忠長は伊良子を狼藉者とし、藤木に首を斬らせ晒させます。
伊良子の斬首を実行した藤木が自陣で目撃したのは、自死を選んだ三重の遺体でした。
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