松本大洋『ピンポン』解説あらすじ

1990年代

始めに

始めに

今日は松本大洋『ピンポン』についてレビューを書いていきます。

スタイル、演出、背景知識

ノワールテイストの心理劇

 『鉄コン筋クリート』と重複する説明は省きますが、松本大洋は憧れ、依存、理想化といった心的状態をテーマとする心理劇をしばしば展開します。松本に影響した大友克洋『AKIRA』ともその辺りは近いのかもしれません。

 本作では『鉄コン筋クリート』のクロに当たる人物はスマイルかもしれませんが、やや様相は異なっています。スマイルは恵まれた才能を持っているものの、それでもペコの方が自分よりはるかに才能があることを知っているし、また自分の才能を知ってはいつつ、対人関係も苦手であることから才能を活かしてどこまでも上を目指していくという性分ではありません。むしろ過去に自分を救ってくれたペコの背中を負っていたいと思っており、ペコが才能に慢心して変節してしまったことに苛立ちを抱えています。

 スマイルとクロが違っているのは、クロは相棒であるシロを自分の利他的行為の対象という都合のいい存在としか見ておらず、そこから脱却して成長を遂げるのに対し、スマイルは憧れているペコが慢心から本来の自分を見失ってしまっていることに対して不満を抱きつつ、大好きだった過去のペコが帰ってきてくれたことに再び救われ、それによって自分も自己物語を洗練させ、自分に合った生き方を見出すことになります。

 ドラゴンもチャイナも同様で、みんなペコという天才との対決の中で、自分のライフスタイルを確立します。

モダニズムスタイルのスポ根

 ジャンル的には教養小説の流れを継ぐ梶原一騎以来のスポ根でありつつ、本作はモダニスト望月峯太郎、高野文子といった漫画の語り口の刷新者の影響で、独特の世界を構築しています。

 スポ根ジャンルの中でアグレッシブな挑戦を孕む他の作品と比較するなら、例えばひぐちアサ『おおきく振りかぶって』は、ドストエフスキー、オースティン、ハメット、冨樫義博(『HUNTER×HUNTER』)のように、スポーツという制度の中での戦略的コミュニケーションの記述のディテールに光る機知だったり、登場人物の伝記的生の緻密なデッサンで魅せる人間喜劇が、スポ根ジャンルに革新をもたらしました。

 一方で本作品はテーマ的にはフォアマン監督『アマデウス』のような天才をテーマにするスポ根で、その点ではベタで新鮮さを感じさせませんが、『鉄コン筋クリート』からある洗練された語り口の巧みさ、大友克洋『AKIRA』のような無国籍活劇風の台詞回しのうまさが、作品に独自の魅力を与えています。

物語世界

あらすじ

 神奈川県藤沢市。星野裕(ペコ)と月本誠(スマイル)は、共にタムラ卓球場で小学生時代から卓球をやってきた幼馴染です。ペコは確かな実力を持ちながら己の才能に自惚れ、練習をサボっていました。

 共に片瀬高校の卓球部へ入ったふたりは、県内の辻堂学園学院卓球部へ、上海のジュニアチームから留学してきた孔文革(チャイナ)が留学生として雇われたと知ります。ふたりは辻堂学院へ偵察に訪れ、チャイナの対戦。しかしペコはチャイナにスコンク負けします。続いてチャイナはスマイルへ勝負を持ちかけるも、スマイルは興味を示しません。チャイナはスマイルの素質を見抜いていました。

 片瀬高校の卓球部顧問である小泉丈は、スマイルが才能とは裏腹に勝利への執念が無く、真剣勝負でも相手の心情を考慮し、特にペコと試合する際には手を抜いていると看破し、彼をさらなる高みへと登らせるべく指導をします。同時期、県内最強と謳われる海王学園高校卓球部の風間竜一(ドラゴン)が片瀬へ偵察にきます。インターハイ優勝の実力者である風間もスマイルに注目するものの、今度のインターハイでの優勝は確実であると公言します。

 やがてインターハイ予選が開幕します。ペコ、スマイル、ドラゴン、チャイナ、それぞれ順当に勝ち上がります。3回戦でスマイルはチャイナと対戦します。スマイルはチャイナの実力を初セットで見極め、次のセットから正確無比なプレーでチャイナを追い詰めます。スマイルの勝利が迫ると、チャイナのコーチが「ここで負ければ中国代表への道は閉ざされる」と激昂します。その意味を理解したスマイルは萎縮し、チャイナが勝利します。ペコは準々決勝まで順当に勝ち上がり、準々決勝の相手は、同じ道場出身のもうひとりの幼馴染、佐久間学(アクマ)でした。以前はアクマ相手に圧倒的な実力を見せつけていたペコですが、地道な努力を重ねたアクマに敗北します。さらに別の準々決勝戦では、チャイナとドラゴンが対戦するものの、ドラゴンが圧勝します。

 インターハイ予選を終え、全国大会へ進出した海王学園は団体戦の序盤で敗退します。個人戦で優勝した風間は、近年の海王の弱体化を憂い、インタビューで「優勝には月本レベルの人間が必要だ」と失言します。しかし小泉の過剰なスマイルへの入れ込み、スマイルの独善的な卓球への熱は他の卓球部員との軋轢を生みます。ペコはアクマに敗戦したショックで、やる気を失っていまし。そんな中で、アクマはドラゴンの発言でスマイルへの敵意をむき出しにして単身片瀬へと乗り込み、スマイルへ試合を申し込みます。かつてはアクマが常勝でしたが、スマイルに完敗します。地道な努力と対戦相手の研究を重ねたアクマは敗北を嘆くものの、スマイルに「卓球の才能がないからだ」と一蹴されます。試合を終えて帰宅する途中、アクマは傷害事件を起こし、停学処分と、卓球部の強制退部になります。

 スマイルの言葉はペコにも刺さり、ペコは学校の焼却炉で自身のラケットを燃やします。すっかり意気消沈した彼を、道場へ訪れたアクマが励まします。ペコは誰よりも才能に恵まれ卓球を愛しているはずでした。復活したペコは、道場で指導するオババへ懇願し再び卓球に挑みます。彼女の指導の元、基礎体力を取り戻したペコは、オババの息子が指導する大学の卓球部で指導を受けます。バックハンドの弱点を克服できなかったペコは、ペンラケットの裏へラバーを貼って繰り出す裏面打法を会得し、才能を開花させます。

 同時期、片瀬へドラゴンがやってきます。今度は正式にスマイルを引き抜こうとしています。小泉も移籍を推奨します。精神を疲弊させたスマイルは普段のジョギングのコースを外れ走ります。両親との距離が遠いスマイルが他人との温もりを必要としていると理解した小泉、さらに卓球部の主将を務める大田は、スマイルへ歩み寄ります。卓球部とスマイルとの間にあったわだかまりはやや解消されます。

 1年が経過し、再びインターハイの季節です。ペコの初戦の対戦相手は偶然にもチャイナでした。チャイナは1年間で日本に慣れ、馬鹿にしていたチームメイトとも打ち解け、実力も上がっていました。しかし、ペコは第1セットから前回との違いを見せつけ、ストレート勝ちを決めます。一方、月本は2回戦で海王の副主将である真田と対戦します。スマイルはこれに圧勝してみせました。ドラゴンもまた勝ち上がります。

 ベスト4へ勝ち上がったのはペコ、スマイル、ドラゴン、そして海王の猫田でした。準決勝で猫田と対戦したスマイルは圧勝します。一方、ペコはオーバーワークが災いし膝に爆弾を抱えます。周囲から棄権を勧められつつ、ペコは「スマイルが呼んでいる」といいます。小学生のころから無愛想でいじめられっ子だったスマイルを助けたペコは、ヒーローでした。しかしペコはすっかりやる気を失い、ヒーローの存在感が消えてしまっていました。そのヒーローをスマイルがずっと待っているのでした。

 準決勝。ペコはドラゴンに1セットを先取されます。しかし試合中、心中でスマイルと会話を交わして復活し、セットを取り返します。ペコのプレーはドラゴンすら歓喜させます。長らく強者の重圧、主将としての責任から卓球を楽しめなかったドラゴンは、ペコとの対戦で喜びをあらわにします。試合はペコが勝利します。

 決勝戦は共に片瀬高校同士、ペコとスマイルの対戦でした。ペコ相手にスマイルは一切手を抜かず、ペコも、大胆なプレーで応戦します。

 5年が経過します。スマイルは小学校の教諭を目指し、道場でジュニアの指導をします。そこへ親しい仲となったドラゴンが顔を出し、二人は昔を懐かしみながら語り合います。ドラゴンはプロの卓球選手となるものの、日本代表から外れ、凡庸な選手で終わるかもしれないと嘆きます。アクマは高校生のころから交際していた女性と結婚。ペコは若くしてドイツのプロリーグへ進出していました。

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